変わりたいではなく、変わってしまった日

人は「変わろう」とした時ではなく、「変わらざるを得なかった瞬間」に、本当に変わることがある。

この記事は「🍃問いの葉」です。

答えではなく、その日に立ち上がった問いを置いています。
すぐに役立たなくても、あとから意味を持つかもしれません。

今の日常から抜け出したい。

そう思って、もがいてきたはずだったのに、
事前予告もなしに、世界が変わってしまった。

「ちょっと待って」

を、世界は許してくれなかった。


人生を振り返ると、
あのとき、こうすればよかった、
ということが、ひとつもない人間はいない。

稀に、人生にひとつも後悔がなく、
すべて思い通りに生ききった人がいれば、
ぜひボトルメールで、あなたの人生のストーリーを聞かせてほしい。


とにかく、
わたしは数え切れない後悔を繰り返してきた人生を、
現在進行形で送っている。

そして、過去を振り返るタイミングで、
「何かしなければ」と思い、

いまの感情を、文字に書き出してみる。

何か趣味をつくり、エネルギーを発散させる。

ネットサーフィンで、
検索結果にヒットした記事を、ただ読み漁る。

図書館や書店で、
正解が書かれた本を探す。

YouTubeで有名な人物の、
自己啓発セミナーを見てみる。

起業プログラムに、参加してみる。

肉体改造をするために、
週4日、ゴールドジムに通い、
ウエイトトレーニングをしてみる。

プロテイン中心の食生活に切り替える。

髪型や、ファッションを変えてみる。


いろんな方法を試して、
新しい自分になろうとした。

でも、どの方法を試しても、
結局のところ、本質的には変われなかった。

宣伝に踊らされ、
費用対効果の薄いサービスや商品に対価を支払い、
資本主義社会の経済に、
ほんの少し貢献しただけだった。


ただ、
本当に自分が変わるとき、
そんな事前準備や、比較検討をする時間的猶予はない。

急に、その瞬間は目の前に現れる。
そして、その瞬間に対する反射が、
これまでの人生の視座を変えてしまう。

私の場合は、生存の定義の危機だった。


「生」か、「死」か。

そんな究極の二択を前に、
わたしは迷わず「生」を選んだ。

その瞬間、
わたしは、自分を拘束していた鳥籠から飛び出た。

もう、何年も前から、
鳥籠のドアは開いていた。

でも、過去のわたしは、
出ようとしなかった。


鳥籠の中。
鳥籠の外。

それは、大きく違う世界だ。


なぜ、変わりたいのか?


答えは、まだありません。
だからここに、問いだけを残します。


※準備中※

この問いを現実に翻訳した視点
→ 「🌱知の種」を読む

この問いが生まれた体験記録
→ 「🪵記憶の年輪」を読む


今日はここまで。
またどこかの記事でお会いできれば嬉しいです