体の歪みは性格をつくるのか?|僧帽筋から見えた身体と心の関係

身体の使い方は、思考の癖をつくるのだろうか。

この記事は「🍃問いの葉」です。
答えではなく、その日に立ち上がった問いを置いています。
すぐに役立たなくても、あとから意味を持つかもしれません。

「肩、凝ってますね」

どの美容室を訪れても、決まってそう言われる。

わたしの僧帽筋は、筋トレをしていないにもかかわらず、
肩の上に山のように隆起している。

その盛り上がりのせいで、
「首が短い」と言われたこともある。

男性であれば逞しさとして評価されるかもしれないが、
女性にとっては、見た目を崩す要因として扱われることが多い。

実際、知り合いの美容師さんも同じ悩みを抱えていて、
ウエディングドレスをきれいに着るために
「肩ボトックスを打つ」と話していた。

わたしにとって僧帽筋は、
見た目を悪くする、できれば無くしたい存在だった。


では、なぜこんなに発達してしまったのか。

その疑問から、原因をひとつずつ辿ってみた。


まず理解したのは、
僧帽筋は、人間が二足歩行を維持するために、
頭の重さを支える重要な筋肉であるということ。

成人の頭の重さは、およそ4〜6kg。

この重さが常に首や肩にかかっている。

さらに、いわゆるストレートネックの状態になると、
その負荷は大きく増幅される。

スマートフォンをのぞき込む姿勢は、
その角度によっては
小学3年生を肩車するほどの負担になるとも言われている。


つまり、わたしの僧帽筋は、
筋トレで鍛えた結果ではなく、

日々の姿勢や習慣によって、
“必要に迫られて発達した筋肉”だった。


さらに遡ると、

幼少期の骨盤底筋群の未発達による内股の立ち方、
その不安定さを補うための外反母趾、

成長とともに増える身体の重さ、
理想の体型を求めて続けてきた負荷の高い習慣。

そのすべてが積み重なり、

僧帽筋は、
わたしの身体を支えるために発達していった。


頭だけでなく、バストの重さまで引き受け、
二足歩行という不安定な構造を保つために、

黙って、支え続けていた。


その構造に気づいたとき、

あれほど嫌っていた僧帽筋に、
申し訳なさを感じた。


不安定な身体を崩さないために、
見えないところで負荷を引き受けていた存在。

それは、まるで——

わたし自身のようだった。


常にどこかで支え続けている感覚。

力を抜いたら崩れてしまうような不安。

その構造は、
身体だけの話ではなかったのかもしれない。


負荷を引き受け続ける身体は、
同じように“引き受ける選択”をしやすくなるのだろうか。


責任感が強いのも、
我慢強い性格になったのも、

この身体で生きてきたことと、
無関係ではないのかもしれない。


からだの構造は、
心の使い方をつくるのだろうか。

答えは、まだありません。
だからここに、問いだけを残します。

今日はここまで、
またどこかの記事でお会いできれば嬉しいです。