退職をきっかけに、労働者の主張を沈黙させる社会構造から生まれた問いの記録です。
この記事は「🍃問いの葉」です。
答えではなく、その日に立ち上がった問いを置いています。
すぐに役立たなくても、あとから意味を持つかもしれません。
離職票が届いた。
事業主の離職理由として、たった一行。
「一身上の都合」
私はその瞬間、全身に鳥肌が立った。
怒りで震える自分を傍観した。
退職に至った理由(=条件)が
自己都合(=結果)として沈黙させられた。
行政助言を会社が無視した記録も、矛盾も痛みも、そこには存在しない。
異動命令について十分な説明がなかったこと。
会社から強い心理的圧力がかかったこと。
脅しによる強制と逃げ道の遮断があったこと。
精神的負担が増大し、就業が困難になったこと。
条件は、
事業主にとって都合のよい離職理由に修正されていた。
私はただの、
「自己都合で辞めた人」
として処理されていた。
最寄りのハローワークに、
特定受給資格者または特定理由離職者として失業給付申請できないかを申し入れた。
窓口の担当者とその上司の回答として、
現在の離職票と申立書資料一式では、「自己都合」でしか処理できないと言われた。
特定理由離職者として処理するには、精神疾患の診断書がないと手続きが難しいとのこと。
事前に、証拠を集め、申立書、離職に至る経緯を時系列でまとめ、
会社とのメールのやりとりなど条件を準備して望んだ。
現実は、
ハローワーク窓口は基本的に、
- 事実認定の裁判官ではない
- 争い(会社との対立)を増やしたくない
- 「通りやすい型」に寄せたがる
この性質がある。
だから担当者は無意識にこうなる
① 証拠が弱いと判断 → 自己都合に寄せる
② 例外扱いは診断書など“強い型”を要求
③ それがないなら「退職勧奨」で申立てだけ案内
これは誠意というより、業務としての防衛運用。
条件は複雑だ。
個別の文脈が必要で、対応に時間もかかる。
一人ひとりの事情に寄り添うには、手間がかかる。
一方で、
結果は単純だ。
テンプレートにできる。分類できる。効率的に処理できる。
つまり社会は、こう言っているように見える。
「あなたが何を体験したか」ではなく、
「あなたを何として処理できるか」が重要だ。
診断書がなければ「病気じゃない」
法的瑕疵がなければ「問題なかった」
証拠がなければ「言った言わない」
この構造は、冷たいというより――
人を効率よく管理するのための社会だ。
法制度は、表面的には労働者の救済としながら、
本質は、効率よく処理・分類するためのフィルターとして、
労働者の主張は削ぎ落とされていく。
私は今、ここに問いを置く。
条件が消される社会で、
人はどうやって自分を守ればいいのだろう?
そしてもうひとつ。
「結果にできない痛み」は、
存在しないことにされてしまうのだろうか?
答えは、まだありません。
だからここに、問いだけを残します。
この問いを現実に翻訳した視点
→ 🌱 知の種を読む
この問いが生まれた体験記録
→ 🪵 記憶の年輪を読む
今日はここまで、
またどこかの記事でお会いできれば嬉しいです。