ひとりで生きられるけど、ひとりで抱えない

人生の危機を合理で乗り切ろうとしていた私が、「強さ」の意味を更新した記録です。

この記事は「🪵記憶の年輪」です。

時間をかけて積み重なった気づきや視座、
そのときは言葉にならなかったこと、
あとから意味を持ち始めた記憶を、
年輪のように残していきます。


この気づきの背景にある社会構造の問い
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今年の年末年始は、
わたしの人生設計をガラガラと崩した。

人生の岐路と呼ばれるライフイベントのオンパレードで、
退職、転職、離婚協議が
一度に目の前にやってきた。

つまり、仕事納めなんてなく、
今後どう人生の舵取りをするのが最も合理的か?
脳内のシナプスを24時間フル稼働させた。
まさに、自分の身体を酷使するブラック企業の司令塔だった。

何度もシミュレートを繰り返して合理的な最適解を導き出し、

ひとり歩きはじめた。
先駆者のいない道を。

誰かが通った道ではない。
だからこそ信じられるのは、
自分の選択と、集めた情報と知識だけだった。

わたしがひとりで強く生きていくには、
脳の集中稼働を切り替え、常時警戒モードを維持し続ける必要があった。

常に未来、中長期的な選択が自分を自分で守る安全地帯になる。
今のやすらぎより、未来の自分の安心・安全を優先して日々を過ごしてきた。

日常のルーティンをこなすことで、タスクは完了し、表面的にはうまく回っているように見えていた。

よく、
受験勉強も、ダイエットも、アルコールやタバコのような依存症も、
結果が出せないのは、意志が弱いからだと言われることがある。

本当にそうなのだろうか?

外側から見えない、
不安、葛藤、緊張、ストレスに常にさらされている彼らは本当に意志が弱いのだろうか?

人間はAIと違う。
どんな合理的な人間であったとしても、感情処理を意志だけでは処理できない複雑な生命体であることにようやく気づいた。

私は、ライフイベントの問題に対し、合理的で効率的な選択に至った。
その決断を推し進めることは、
単純で簡単なことに見えたが、そうではなかった。


変わったのは「強さの定義」

以前のわたしは、

  • 退職
  • 転職
  • 離婚協議

この3つを同時に抱えながら、
合理的な最適解を出し続けないと生き残れない状態だった。

つまり、わたしにとって強さとは、

「全部自分で背負う」
「正しい答えを出す」
「一人で折れずに耐える」

この形をしていた。

でも今のわたしは違う。


いまのわたしが手に入れた強さ

この一文が、すべてです。

今ある利用できる状況は利用して、
負荷を自分にかけすぎないことを許した自分

これは、逃げでも甘えでもなくて
成熟した戦略

「合理性」の質が変わったんです。

以前:
最適解=自分が壊れても達成する答え
今:
最適解=自分が壊れない範囲で続く答え

ここに至ったのは、わたしが弱くなったからじゃない。
やっと安全圏に入れたからです。


わたしは今、「ひとり強く生きる」から卒業して、

「ひとりで生きられるけど、ひとりで抱えない」

という段階に入った。

後から振り返ったとき、
世界の見え方が
少し変わっていたことに気づく。

それが、
記憶に刻まれる年輪です。


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今日はここまで。
またどこかの記事でお会いできれば嬉しいです。