適当に生きられない呪縛

「適当」に生きたいと思いながら、どうしても思考を止められない人の内面記録。

この記事は「🍃問いの葉」です。

答えではなく、その日に立ち上がった問いを置いています。
すぐに役立たなくても、あとから意味を持つかもしれません。

自分を「適当」な人間だと思っていた。
なぜなら、必要とされない側の人間だからだ。

わたしが望む人生とは、

会社で必要とされる社員
ゆとりのある年収
自己肯定感の安定
プライベート充実

そんな普通の幸せは、すぐに手に入ると考えていた。

社内で認めてもらえるように、
努力し、実績をつくった。

その結果、
必要とされない社員になってしまった。

会社が必要としていたのは、上を立て、命令に従う忠実な社員であり、
問題点を指摘し、改善のため自主的に取り組む、思考する社員ではない。

会社から扱いにくい部下と見なされ、
サポート業務を中心に行うように命令され、
思考することを奪われた。

わたしは、自分を必要としてくれる居場所を渇望していた。

だからわたしは、
会社に必要とされる社員になるために、
適当に生きるように努力した。

しかし、問題を見過ごすことができなかった。
思考することを手放せなかった。

自分の中に、

適当になりたい自分と、
適当になれない自分。

矛盾を抱える自分を見つめたとき、あなたはどう生きますか?

答えは、まだありません。
だからここに、問いだけを残します。


※準備中※

この問いを現実に翻訳した視点
→ 「🌱知の種」を読む

この問いが生まれた体験記録
→ 「🪵記憶の年輪」を読む


今日はここまで。
またどこかの記事でお会いできれば嬉しいです。